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chapter,1 (3)

last update Tanggal publikasi: 2026-07-07 16:21:39

「あの、人違いじゃないですか?」

 あえて鈴代、上城に告げる。自分は眠り姫でもなんでもないと。

「つまり、近寄るなってことかい」

「裏面メッセージ上ではそうなりますね」

 少年の名前は、上城というらしい。飄々としていて、掴み所のない、風に揺れる麦穂のような性格だ、と鈴代は感じる。だけど、侮れない。

 逃げるように立ち上がり、教室を出て行く鈴代を、上城は追いかけようとして、やめる。

「振られたかぁ?」

 今まで黙って観察していたであろう品川が、あえて茶化すような声で上城に尋ねる。

「まだわからん」

 上城も、微笑を返す。

 ……ようやく逢えた。今日の収穫は、それだけで充分。だから、品川がぼそりと呟いた言葉の意味を、深く考えることはなかった。

「あんまり深追いするなよ」

 その意味をまだ、彼は知らなかったから。

   * * *

 上城と鈴代が顔を合わせるようになって、数日。

 相変わらず上城は鈴代を口説こうと手を焼いているが、鈴代はどこ吹く風。クラスメートたちは二人を遠くで見守っている……というより、あまり関わりたくなさそうだ。

「つれないなぁ」

「つれなくて結構。近寄るなってあれだけ言ってるのに」

「しょうがねぇだろ、俺の前の座席が君の席なんだから」

 上城が来てから、鈴代の平穏な日常はガラガラと音を立てて崩れているようだ。常に溜め息をつき、彼からのアプローチに辟易している姿は、今までの鈴代を見ていたクラスメートたちからすれば、新鮮だ。

 人形のような冷めた美貌を持つ少女は、感情を外に出すことで、人間らしさを認められていく。それもこれも、彼女の後ろにいる上城の所為だ。自分は眠り姫じゃないし、彼方と会った記憶もないと言い張る鈴代に対して、上城はさらりと言いのける。

「それでも君は眠り姫さ。隠し事をしたまま一人、昏々と森で眠りつづける悲劇のヒロイン。あのときのことも、記憶を手放して、なかったことにしようと考えている。そうだろ?」

 ビクリ。鈴代の華奢な両肩が震える。何も知らない彼が、どうして鈴代をそこまで理解しているのか、賢い彼女でさえ、今は混乱している。だから、つっけんどんに言い返すことしかできない。現に鈴代は彼に隠し事をしているのだから……上城だけが知らない周知の事実を。

 放課後。気づくと教室にいるのは上城と鈴代、二人だけ。まるで、そうなるのを待っていたかのように、上城は口を開く。

「そろそろ観念したらどうだい? お姫様」

「……やかましい」

「じゃあ、質問を変えよう」

 上城は机の上で頬杖をつく鈴代の耳元で、こっそり囁く。それは甘い誘惑の言葉でもなんでもない、彼自身の素朴な、素朴すぎる疑問。

「君がクラスメートに恐れられている理由は、単に頭がよすぎるからなだけじゃないだろ?」

 見抜かれていた。もしくは、鈴代が学校に来る以前から、彼は推測していたのかもしれない。鈴代が、とある理由で、学内の生徒たちに恐れられている、ということを。

「頭がよすぎるわけじゃない。イカレてるの」

 せめてもの強がり。せめてもの反抗。だけど、ロシアから来た彼には通用しない。

「図星、か」

 声のトーンが低くなる。上城はどこまで知っているのだろうか? それともただ単にカマをかけているだけなのか。鈴代は上城の耳元に唇寄せて、耳たぶを思いっきり噛む。

「どこまで知ってるの?」

「って……知らないから聞いてるんだけど?」

「たとえ彼方が事実を知らないとしても、憶測だけでわたしをここまで追い詰めたのは事実よ。なんか悔しいんだけど」

「俺は悔しくない。それより君が正直に教えてくれないことが悔しい」

 そして、耳たぶの仕返しに、と、鈴代の鼻の頭にチュっとキスをする。カァっと赤く染まる鈴代の顔を満足そうに見つめる上城。

「もっとディープなのがよかった?」

「……ばかっ」

 俯いてしまった鈴代の頭をぽんぽん、と撫でて、上城は小声で囁く。

「ダ・ザーフトラ」

 そして、何事もなかったかのように、そそくさと教室を出て行く上城。呆然と、彼の小さくなっていく背中を見送る鈴代。

「……またあした、かぁ」

 両腕で頬杖をついたまま、溜め息をつく鈴代。あの夏以来、自分は彼に恋をしているのだろう。本当なら彼ともっと会話したいし、触れられたい。あわよくばキスだってしたい。あの夏に訪れた一瞬の熱を再び感じたい。

だけど。彼は知らない。知ったらどう思うだろう。クラスメートたちみたいに、わたしを恐れて、たわいもない会話しか交わさなくなるのだろうか。そうだとしたら、嫌だ。

 だから鈴代は自分から口にしない。上城が失望した顔を、その場で見たくないから。

 鈴代は鼻の頭に触れて確かめる。彼に触れられて発した熱の余韻を。それだけで充分。もうこれ以上望んだら、後戻り、できない気がするから。

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  • SpringS ーハルタチー   chapter,1 (3)

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